予防治療
甘い依存の経済学 ― 製菓業界は「シュガーマフィア」なのか
体に悪いのに、やめられない
人の快楽につけ込み、体に悪いと分かっていても手が伸びてしまうものを売り、永続的に利益を得る。これがマフィアの麻薬ビジネスの本質です。
では、同じ構造を合法的に、しかも堂々とテレビCMを打ちながら実践している産業はないでしょうか。私は、製菓業界がその筆頭だと考えています。
歯科医として毎日虫歯と向き合っていると、患者さんの「分かっているけど、やめられない」という言葉を何度も聞きます。それは本人の意志の弱さだけの問題ではありません。やめられないように作られているのです。
今回のポイント
お菓子の「止まらない味」は、甘さや食感を調整した商品設計によるもので、意志の弱さだけの問題ではありません。
砂糖業界が心臓病や虫歯の研究に影響を与えていたことが、内部文書の分析から報告されています。
個人の根性に頼らず、「買わない・回数を減らす・子どもに習慣をつけない・表示を読む」という仕組みで対抗しましょう。
「止まらない味」は設計されている
食品業界には「至福点(ブリス・ポイント)」という言葉があります。甘さが強すぎても弱すぎても人は食べ飽きる。その中間の、最も「もっと欲しい」と感じる濃度を、徹底的な試食実験で割り出すのです。
さらに砂糖・脂肪・塩を組み合わせ、口溶けや食感を調整し、満腹感が来る前に次の一口へ手が伸びるように仕上げる。自然界にはほとんど存在しない、脳の報酬系を効率よく刺激する食べ物です。
これは偶然ではなく、研究開発費をかけた商品設計です。売人が純度を調整して客を離さないのと、構造的には何が違うのでしょうか。
科学を「買った」歴史
砂糖業界の問題は、商品設計だけではありません。不都合な科学そのものを歪めてきた記録が残っています。
心臓病の責任転嫁(1960年代):米国の砂糖業界団体がハーバード大学の研究者に資金を提供し、心疾患の主犯を脂肪に向け、砂糖の害を小さく見せる総説論文を1967年に一流医学誌へ発表させていました。資金の出どころは論文に明記されず、内部文書から明るみに出たのは2016年のことです。
虫歯研究の誘導(1970年代):米国政府が1971年に始めた虫歯撲滅プログラムでは、砂糖の摂取制限ではなく、ワクチンや酵素で虫歯を防ぐ方向へ研究の優先順位が寄せられていきました。その背後に業界の働きかけがあったことが、2015年に内部文書の分析で報告されています。
「砂糖を減らせば虫歯は減る」という、最も単純で効果的な答えから目をそらさせる。私たち歯科医療者にとって、これは決して過去の話ではありません。
子どもを「最初の顧客」にする
麻薬の売人が最初は安く、若者に近づくように、製菓業界も顧客を子どもの頃から囲い込みます。
キャラクターとのコラボ、おまけ付きのお菓子、子ども番組の時間帯のCM、レジ横の目線の高さに並ぶ商品。どれも判断力が育つ前の子どもに「甘いもの=楽しいもの」と刷り込む仕掛けです。
幼少期に身についた味の好みと間食の習慣は、大人になっても続きやすい。つまり子どもへのマーケティングは、数十年続く顧客を獲得する投資なのです。そしてその子どもの歯を削るのは、私たち歯科医です。
利益は企業へ、コストは社会へ
世界保健機関(WHO)は2015年、遊離糖類の摂取を1日の総エネルギーの10%未満、できれば5%未満(成人で砂糖約25g程度)に抑えるよう勧告しました。その根拠の一つは虫歯です。
しかし虫歯、肥満、2型糖尿病の治療費を払うのは製菓メーカーではありません。本人と家族、そして公的医療保険、つまり私たち全員です。利益は企業に残り、健康被害の請求書は社会に回される。この「外部化」こそが、この産業の最も巧妙な点です。
英国など一部の国が砂糖入り飲料に課税するのは、このコストを本来負うべき側へ戻そうとする試みです。日本にはまだそうした仕組みはありません。
それでも「マフィア」と言い切れない理由
公平のために、この比喩の限界も書いておきます。
合法であり、暴力を伴わない:製菓メーカーは脅迫も抗争もしません。法律の範囲内で商売をしています。
依存性の強さが違う:砂糖の「依存」はヒトでは研究者の間でも議論が分かれており、麻薬のような明確な離脱症状や耐性は確立していません。
適量なら害は小さい:お菓子は誕生日や団らんを彩る文化でもあり、量と頻度を守れば楽しめるものです。
企業側の変化もある:低糖・糖類ゼロ商品やキシリトール製品など、健康に配慮した商品開発も進んでいます。
だから正確に言えば、製菓業界は「マフィア」よりも、害を知りながら議論を遅らせてきた「タバコ産業型」に近いと言えるでしょう。
甘さに支配されないために
問題は、私たちが「自制心が足りない」と自分を責めるだけで終わってしまうことです。相手は資金と研究を注ぎ込んで、やめられない仕組みを作っています。個人の根性だけで勝てる勝負ではありません。
だからこそ、仕組みには仕組みで対抗しましょう。
買わない・置かない:家にお菓子のストックを作らないのが最も確実な方法です。
「回数」を減らす:虫歯のリスクは量より口に入れる回数で決まります。だらだら食べをやめ、食べるなら時間を決めて。
子どもの最初の顧客化を防ぐ:小さいうちは甘い飲み物とお菓子の習慣をつけないことが、一生の歯を守ります。
表示を読む:「果糖ぶどう糖液糖」「砂糖」が原材料の上位にあるものは要注意です。
お菓子を楽しむこと自体は悪ではありません。ただ、その「欲しい」という気持ちが本当に自分のものなのか、誰かに設計されたものなのか。一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
よくあるご質問
Q. お菓子がやめられないのは、意志が弱いからですか?
それだけの問題ではありません。食品業界には「至福点」という考え方があります。最も「もっと欲しい」と感じる甘さを試食実験で割り出し、砂糖・脂肪・塩や食感を調整して商品が作られています。
Q. 砂糖業界は、虫歯の研究にどう関わったのですか?
米国政府が1971年に始めた虫歯撲滅プログラムでは、砂糖の摂取制限ではなく、ワクチンや酵素で虫歯を防ぐ方向へ研究の優先順位が寄せられました。その背後に業界の働きかけがあったことが、2015年に内部文書の分析で報告されています。
Q. 砂糖は1日どのくらいまでが目安ですか?
WHOは2015年、遊離糖類の摂取を1日の総エネルギーの10%未満、できれば5%未満に抑えるよう勧告しています。5%は、成人で砂糖約25g程度です。
Q. 砂糖は麻薬と同じように依存するのですか?
砂糖の「依存」は、ヒトでは研究者の間でも議論が分かれています。麻薬のような明確な離脱症状や耐性は確立していません。
Q. 子どもの虫歯を防ぐために、家庭でできることは?
小さいうちは甘い飲み物とお菓子の習慣をつけないこと、家にお菓子のストックを作らないこと、食べるなら時間を決めることです。
Q. お菓子を食べること自体が悪いのですか?
いいえ。お菓子は誕生日や団らんを彩る文化でもあり、量と頻度を守れば楽しめるものです。
参考文献
Kearns CE, Schmidt LA, Glantz SA. Sugar Industry and Coronary Heart Disease Research. JAMA Internal Medicine. 2016.
Kearns CE, Glantz SA, Schmidt LA. Sugar Industry Influence on the Scientific Agenda of the National Institute of Dental Research's 1971 National Caries Program. PLOS Medicine. 2015.
World Health Organization. Guideline: Sugars intake for adults and children. 2015.
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監修:森井歯科医院